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ジブンライフ

「自分らしい人生」をテーマにライフハック、オピニオン、マネジメント、時事ネタなど自由に書いています。

第三の立場とはなにか?神様が存在するのかは重要ではない。豊かに生きるためにその概念を有効に活用しよう

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第三の立場の考え方

私は特定の宗教を信仰しているわけでもないし、かといって無神論者というほどでもありません。
普段はそういった概念を特に意識することなく生活しているごく普通の日本人です。
第三の立場という考え方は、そうした人たちが生まれ変わりや神様といった概念とうまくつきあい、その良さだけを手に入れることができるものです。

第三の立場とはなにか

第三の立場という言葉をわかりやすく、公式的な場であげたものとして『妖精・妖怪の復権-新しい「環境知能」像の提案-』があげられます。
これは論文でありながら妖精・妖怪といった概念を利用した非常にユニークなものです。
この論文の第三の立場について説明した箇所を引用します。

このように歴史の中で語り継がれてきた妖精・妖怪の存在は、現代の情報科学技術の観点からどのように見ることができるだろうか。我々の取り得る立場には3つの選択肢がある。第1は、想像上の存在であるという考え方、第2は、本当にいるという考え方、第3は、その存否を問わない、とするものである。ここでは、第三の立場をとる。妖精・妖怪が存在しないということは証明不可能であるし、存否を問うことそのものに大きな意味はない。第三の立場に立つことで、妖精・妖怪の持つ発想の豊穣さを利用しつつ、宗教や神秘主義からも適当に距離を置くことができるのである。*1

この文章によると妖精・妖怪といった霊的な概念に対しては3つの立場があるといいます。
(1)妖精・妖怪なんて非科学的なものは想像上の存在でしかない
(2)妖精・妖怪は本当に存在する
(3)妖精・妖怪が本当にいるかどうかに意味はない。その概念の存在を利用することにこそ意味がある

「妖精・妖怪」という言葉を「神様」や「生まれ変わり」に置き換えても同じことがいえると思います。
つまり、第三の立場とは霊的な概念に対して、その存否にこだわらず、その概念を利用して豊かさを得ていこうとする考え方であると私は考えています。

神様に対しての考え方

私の好きな江本あやえもんさんは著書の『前向きスピリチュアル―もっと気楽に生きるための考え方』で、神の存在を愛と比較してこのように説明しています。

「神」も愛と同じです。ただの概念だということです。「神がいるなら、見せてみろ」という問いかけは、「愛があるなら、見せてみろ」と言っているのと同じです。すると、神がいるかいないかの議論など、全くの無意味だとわかるでしょう。(中略)いてもいなくてもどっちでもいいから、「こう考えると楽になれる」という程度のものだということです。

この本のなかで第三の立場という言葉は出てきませんが、これも同じ第三の立場的な考え方であるということができます。
決して、神の存在が無意味だといっているわけではありませんよね。
むしろ、存在するかしないかなど議論する意味すらない。そうした概念が存在するだけで豊かになれると述べています。

またその存在を否定しているわけでもないと思います。
ただ私たちはその存在を確認することができないのだから、そのことで議論をする必要なんてない。
ただその概念を利用して物事を考えると気楽に生きていけるのだから、存分に受け入れようじゃないかということです。

生きがい論の考え方

飯田史彦氏の『[完全版]生きがいの創造 (PHP文庫)』などに代表される「生きがい論」もまた第三の立場をとっていると私は考えています。 生きがい論は生まれ変わりという霊的な概念について述べています。
また、生まれ変わりが本当に存在することを科学的な研究結果をもとに証明している一方で、その概念そのものが人生を豊かにしてくれることについても触れているのです。

本書の目的は、スピリチュアルな現象(たとえば「死語の生命」や「生まれ変わり」)の存在そのものを証明することではない、[……]それらの真理がどのようなものであれ、本書でご紹介するようなさまざまな研究成果が、多くの人々を元気づけるという「現象」に対して、「生きがい論」の研究者である私は、大いに価値を感じているのです。*2

このように、生まれ変わりが本当に存在するかは問題ではない、その研究成果が多くの人々を元気にするということに価値を見いだしている点において、「生きがい論」もまた第三の立場であるといえるのではないでしょうか。

第三の立場は自由である

ここまで、いくつかの第三の立場の考え方について紹介してみました。
どんなに霊的な概念に対して、第三の立場を強調したとしても「科学的に存在が証明できないモノにすがるのか」といった反論をされることはあるかもしれません。
しかし、自分自身が、死後の生命を信じることが心豊かな生活につながると感じるのであれば、これに関しては科学的に証明できようができまいが他人にとやかく言われる筋合いはないでしょう。

神様や生まれ変わりを信じることで、「この不幸な出来事は試練なんだ」などといった形で物事を前向きにとらえられるなら、それは非常に意味のあることだといえるでしょう。
決してこの第三の立場は、霊的な概念の存在を否定するものでありません。
しかし、特定の宗教を信仰していない日本人にはとても合った考え方だと思います。

別に他人に対して「私は第三の立場である」と言う必要はありません。
心の奥底でこっそりと、こうした考え方を持つだけで少しだけ豊かになれると思います。

本当に霊的な概念を信じると豊かになれるのかといったことや、物事のとらえ方が変わるだけでポジティブになれるといったこともいずれは書きたいなと考えております。
それでは。

*1:前田英作・南泰浩弘・堂坂浩二(2006)『妖精・妖怪の復権-新しい「環境知能」像の提案-』『情報処理学会 創立45周年記念論文』47巻6号 p.627 http://www.brl.ntt.co.jp/cs/ai/doc/IPSJ-MGN470615.pdf

*2:飯田史彦(2012)「[完全版]生きがいの創造」PHP文庫 p.87-88

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